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 少し朝番冷え込むようになりまして。

暖房器具がなく、なんとか温まりたいなと思って最近ちょっと興味本位で買ってみたアロマキャンドルをつけてみました。

でも、、、そんな灯で温まるか!

とは言いつつ、心はとても落ち着いたような感じでした。



そんなこんなで、冬用の服やら、ホットカーペットやらを今日、ようやく買いました。


引越しの時にものを最低限にカットしたせいで、色々、ない。


まぁ、素朴な感じのこの生活がまたいいですが。

お蔭様で今はお勉強しながら、ちょっと体ぽかぽか。。。




 先月のことだが、京都に行って参った。

京都の旧友に会ったりしつつ、京都の街を徘徊する。
何度も来てるけれども、ほんっとに癒される。


南禅寺。 ここは京都に来たら必ず行く。そう決めてる。 門の上で風に当たりながら自分を見つめなおす貴重な時間。 人がちょっと多い時間もあるけど、それでも別空間に連れてってくれる。




涼しい風に当たりながら景色をスケッチする。。。




仕事からちょっと離れて自分の時間を創る、それも必要さ。
これまでやってきたこと、これからやんきゃいけないこと、色々あるけど。
とりあえずこの瞬間は、このゆっくりと流れる時間だけを感じる。

それだけの時間。

ひと時のオレの贅沢。


京都の旧友と長話をしつつ、次の日は清水寺にて。夕焼けが綺麗にシルエットを作って、なかなか見ごたえのある舞台からの景観。




夜は鴨川の川辺の盛り上がる若いあんちゃん達の姿を横目にとにかく歩いた。
市電、バス乗り放題チケット買うたのに、、、。
長距離を何故だか歩いて移動する癖がある。


次の日には大学時代の仲間と合流し大原方面へ。



バスで移動すること小一時間。降りてからちょっと歩く。
途中、寂れた感じのこの坂道が俺は好きさ。

そして、、、



静寂。。。

空気が澄んでて、生きてる心地がする。

そんな、いるだけでもういいやっていう満足感を与えてくれる。


京都では色んな人に会って、話して、時に移動して静かな寺の中で過ごした。
英気を養う為に。

何の縁もないはずなんだが、とてもい心地がいいこの街に、また来てしまうのはそう遠くない気がするな。心身ともに癒された。



京都。 不思議な街だ。なんだか知らないけど、日本人として生きている実感が持てる数少ない空間。そんな気がする。だから、落ち着く。こころがそれを求めている。

さぁ、また半年、がんばんぞ!!



 友人とちょっと散歩。

天気が良くて、風も心地よい具合に吹いてて。

なかなかいい時間を過ごした。





ちょっとした時間、自然に触れるのはいい。
力をもらうよ。


自然のエネルギー。


人が生きるに必要なもんさわ。




こちらは、
自宅近くに落ちてた実。
お前はどっから落ちてきたんだか。それらしき木は周りねーんだが。



でも、なんだか力が湧くんよ。

人と話すのも、悪かぁない。 それがないと大変苦痛だ。

けど、オレはどうもこういうののほうがしっくり来るな。


真っ直ぐに向かい合える。自分と。
自然と対すると、心がすっきりする。

そしてまた、芸術肌が刺激される。。。


歌にしようか、絵に表そうか―、、、


9月は、ちょっと旅に出るぞ。



 ちょっとした時間、僕は筆をとる。


正確にはシャーペン。

しゃっしゃっと描くその音が好き。



大概書き始めるとそれは木々の揺れる画であることが多い。


ごく稀に、漫画をコピる。 ぐっと胸に来る画を選んで描く。


自分の感情がのっかってないとちっとも似てこないのが不思議。

音楽と結構似てるかもだなってよく思う。
想いがしっかり伝わるように、気を込めて描かないと味のない画になっちまう。





そこまでマジではないから、時間は裂けない。それで食ってくわけじゃないからさ。
だから絵葉書サイズがちょうどいい。10分、20分で仕上げる。


でも、心が落ち着く。


深呼吸をするかのように、ペン先がしゃっしゃっと用紙をこする度に心は心地よく、癒される。
軽い「薬」じゃないか。


いやいや、失敬。

まっさらの用紙。 そこに描き込む。 どんな画になるか、私自身が選び、創っていく。はじめはなんていったって、まっさらなんだから。
そう思うと不思議なもんだ。完全に自由なんだ。なのに、決まった感じの画しか描けない。
自分で自分に気付かぬうちに制約を加えてしまっているのだなぁと気付く。

真似事。そう、皆そうだ。何事にも捉われず、ただ自由に描くというのは本当簡単じゃないことだ。
より美しく、美を求めて。

そうやってると、時間がいくらあっても足りない。

やばい、芸術しながら超哲学チックになっとる。

そんなこんなで、日々精進。
色んな趣味に勤しみながら、感覚を研ぎ澄ましていく。
それがいいのだ。






 顎の噛みあわせがあんましよくない。
「ガコっ」そう音を立てて外れ、ホントに外れたまんま戻ってこないんじゃないかってほど、感じ悪い外れ方をよくしてた。


そう、こいつのせいで。


でも、やっぱり誘われるこの不可思議な音。 うん。 誘われる。


まだなごりがある。はずれる感じの。でも、もう一度吹いてみたいと、欲する衝動を抑えきれない。


道端でその音を聞くだけで、歩みを止めてしまう。
無条件に聴き入ってしまう。古臭い錆びたようなサウンドが、心を奪う。


だから、まさよしを聴くのはほどほどにしないと。あの響きはまずい。

Rough Rock'n Roll Boogieを聴きながら、その衝動と闘う。。。


それもまたよし。



昔から協調性のない性格で、何かと一人の時間を貴重視する。
皆と同じ ― それが嫌だ。
だから集団行動をすれば少しでも外れたところを歩こうとする。

その感じと、ブルースハープの孤高の響きが、重なる。
その独自の響き、そいつが好きなんだな。



無音。 そこから一点、灯をともし、じわじわと広げられるその力が、オレの何かを魅了する。


早かれ、遅かれ、、、また手にする日も近いかな。これは。





 今日もまた、こうして一日が終わる。

おんなじテンポで時は流れてるはずなのに、早かったり、遅かったり、感じ方が変わる。

今日は早かった。ていうか、最近、早い。


全般的に。



決まって、集中できているときっていうのは、早い。

ぼやっと、なんとなく過ごしてる時間は遅い。

そういうもんだと思う。大概の場合は。


ってことは集中できてるんだろうなっとは思う。



何にって言われたら、いまひとつうまく答えられないけど、集中している。
今までなんとなく見過ごしてたこと、簡単なこと。それを最近しっかりと受け止めるように、受け止められるように、努力している。



仕事上がりの時間、何かと何かの合間の時間、ちょっとした【間(ま)】だ。


それを大切にするように、大切にできるように努力してる。


人に一声かけるんでも、いつもはこのタイミングで終わってしまっていた会話を、もう少ししてみるんでもいい。もうちょっとだけ、を努力してみてる。

変化はわずかだ。でも、そこに新しい刺激がある。求めている刺激がある。

一個ずつ埋めていく。その間を。すると、瞬間瞬間に集中している自分がいる。



悪くない。悪くない感覚。 だから、日が短い。そう感じる。


今日もまた、充実感と共に、幕を閉じる。

悪くない。







【音】って不思議。

言葉だけじゃ十分に表せない、ひとの微妙なタッチの感情とか表現できたり。

音程を変えて、テンポに緩急をつけて、それが想い描いたとおりの感触で出来上がったら、すごい気持ちいい。


ビブラートをつけて、響かせて、空間に広がる―それがなんとも耳に心地いい。


仕事の合間を縫って、ちょっとずつ続ける音楽活動。悪くない。

仕事場では色んなことが起こるし、色んなひとと関わる。だから、色んな感情が誘発される。
そのひとつひとつが僕にとっては財産だ。

そこで感じたこと、感じれなかったこと、そのひとつひとつが休日のひと時、軽快なメロディーとなって、【音楽】になる。

仕事の勉強もしなくちゃだから、簡単じゃあないなって思う。けど、楽しい。
そのくらいイベントが詰め込まれてた方が、充実して生きていけるかなって。




夜道を歩きながら、そんなことを想う。 


カンカン照りの昼間も嫌いじゃない。けど、闇に包まれた、静かな時間を僕は好む。

一人、そこを歩いていくのが、最近の日課。 ・・・・・ 夜課??か??


夜の道は車通りも少ない。葉っぱのざわめく音とか、猫の鳴き声、砂利道を踏みしめる自分の足音、それに耳を傾ける。


意味があるわけじゃないけど、心が解放されてく。

オレは【自由】になる。



思うような音は、容易に与えられない。できるだけ自分の心を自由にしておきたい。
感じたまま、そのままを音に乗せて、伝えていけるように。

だから、オレはそれを欲する。


夜の散歩道をゆっくりと歩きながら。




 ちょっと時間が前後するが、ついに国外に出た☆

お隣の国、韓国へ。


沖縄より近い。なんてことだ。本当に。


一泊旅行ではあるが、相変わらずお決まりのパターンで、2人で行くのだが、片方が遅れ、現地集合という意味のわからない状態に。


一足先についた! ものの相方来ず。。。 金浦空港の天井を見上げる。



まぁ綺麗だからいいかぁ。。。


文字通り待ちぼうけだ。

携帯海外で使えるように設定してないから。

合流手段がないぜ。



でも、まぁずれること3時間少々、なんとかレンタル携帯を駆使して合流。



韓国と言う国、色々あると思うが、一番すげーなと思ったのは、電車の中。
高齢者が来ると、本当に我先に、といわんばかりに若者は席を譲る。しかもなんか普通だ。
ありがとう、とかそんな感じもない。当たり前。
若者達も別に恥ずかしがってたりしない。 日本人はなんて不器用なんだろうか。
そう思う。老人いたら譲ったらいいがな。目上の人やもん。
それをなんか偽善者ぶる必要がどこにあるか。譲ったらなんか気恥ずかしい、この感じは一体なんなんだろうか。この国はそれを感じさせない。マジ、普通。

結構、道を尋ねられたりもした。韓国人に。
いや、逆ですから、奥さん。

電車の中で平気で話しかける。これも日本にはない。なんか一回話しかけたら、その後同じ車両にいるのが気まずい。そんな感じがしないか?
ここの人たちはそういうのがない。全く。 もうちょっと気にしろよ。って言いたくなるくらい。





ミョンドンの街が良かった。飯うまいし。安いし。
マッサージがマジに気持ちよい。
そしてなんか色んな店がある。中国もそうだが、この商売のやり方の汚さがなんかすごいよね。
日本がとっても平和なんだね、ってすごい実感する。
いちいち交渉せなあかんのが、納得いかない。

観光だから楽しく感じるけど、まぁどう頑張っても、「嘘」って顔に書いてある。
吊り上げすぎだ、こんちくしょー。
その嘘を誇ってるくらいな感じでふっかけてくるのがすごい。なんなんだ、まじ。
のっかれるか。

で、なんか夜になった。




神秘的。





んでもって、翌日、寺巡り。
どでかい。つくり。

おおざっぱすぎな気もする。
細かく繊細な日本の文化とまた違う。中国と共通する感じかな。
あんまわからんけど。



そういう古風なものがありつつ、インチョン空港は超未来的なつくり。



綺麗すぎてびびる。ってか、の割りに、人がいない。

近くて、遠い国?距離は近い。けど確かに違う文化がそこにあった。

お隣さんで、ここまでだからな。 海外も色々行って、色々見て回りたい。
よい勉強になりました。








 先日、沖縄に行って参った。

忙しい仕事の合間を縫って、いやぁなかなか癒された。
沖縄の気候、この暑さ、この時間がゆったり流れる感じ、魅力的です☆


ちょっと手違いもあって、宿泊先を決めずに那覇空港に降り立ち、民宿に泊まったりするハプニングもありつつ、学生時代の一人旅を思い出す。とりあえず街に出るも、夜11時過ぎてて、宿が受付終わってて、マジ焦る。


ここらは1000円台で泊まらせてくれるとこ結構あって、知らなかったんで、すごく助かりましたさ。
そういう文化あるんすね。受付時間終わってたけど、連絡したら、一軒なんとか快く泊めてくれた。

なんかてきとーに皆ある一定の決まりだけ守って、あとはフリーな感じがとても素敵。
勝手に寝てろー的なノリで。


無防備にいれるこの感じが、都会にゃ足りてないっす。
外でたむろってたおにいちゃん達においしい店教えてもらって、安く、がっつり蕎麦を食う。



翌朝、天気がいい。 本当に文字通りの「快晴」だ。


んで、こういう家がありえるのがいい。




沖縄は高校のときにも来たけどね、

国際通りはそれ以来だったかな?
なんか微妙に覚えてた。




暑い。 いや、恐れ入った。 まだ5月。


タクシーのあんちゃんには
「おにいちゃん、観光? いつまで? 米軍基地とか行った? 安くつれてってあげるよ・・・」
的な勧誘を受けつつ、陽気なこの空気を楽しむ。

ここまで来て、米軍基地じゃないだろ。たぶん。







なんかね、戦いに負けた者たちがたどり着く地とは、人の話で聞いたが、まぁ、そういう魅力あるんよね。負けてくるか、勝負に来るかは別として、魅力がありますよ、ここは。



久々のドライブで海に出る。 やっぱ青い。 色が違うよ、色が。 離島はもっとなんだよな、、、。
世界は広いな。




いや、国内だったか。






飛行機が真上を通過する海辺で、日に干される。
暑い。 痛い。 焼けた。


沖縄。 旅をするなら、やっぱここですな。 癒しです。







先日、とある店で


「紅」なんちゃら餃子を頼んだら、本当に赤いギョーザがでてきた。








見た目どおりそこそこ辛い。







いや、かなりどうでもいいことを書いてしまった。






ので、出だしとは関係ない気もするがもう少しまともなことを綴ろう。



まぁまともかどうかはさておき、、、



 社会人になって、いっぱしのサラリーマンになって、自分でお金を稼ぐようになって、色々変わった。

好きなものを自由に自分で好きなように買える。自分の責任だからいいじゃないか。

赤いギョーザを食べたけりゃ、赤いギョーザ売ってるとこにいって、買って食えばいい。

お金があれば、ぶっちゃけ、なんでも手に入る。でも、なんだか何でも手に入るのって求めていたようで、手に入ってみると、全然意味ない。つまらない。別にそんなありあまるほどお金あるわけじゃないけど。以前と比べて、の話。

学生の頃はそれこそ、貧乏生活で下手すっと、一日何百円のお小遣いで満足していた。
なんとかなった。でも、もうちょっとありゃあなとは思う。いいものもたまには食べてみたい。

そんな時に、おいしいもんを先輩に、あるいは親父に、「好きなだけ食え」とか言われながら喰うのが、なんだかありがたかった。

今、自分自身で稼ぐようになって、後輩とかににおごることもある。
同じようなことをしてあげて、先輩ぶったりしてみる。 気分悪くはない。

でも、正直なんだか虚しさもある。


昔食ってたおいしい料理と、今自分がかせいだお金で買う料理と、味が全然違うんだ。
なんでだろ? 何が違うのか?

歳くったおっさんにこれがいいんだ、、、って勧められるあのおいしさと、なんか違うんだ。


なんだろな。思いがこもってないんかなって思う。
ただいいもん食べても、違うんだ。思いがこもってて初めておいしい。本当の味わいが出てくる。

会社の先輩とか見ててもそう。おなじことやっても、やっぱ違うんだ。
ただの「若造」と「おっちゃん」じゃあ。


いつかなれるんだろうかなぁ。オレも、いつかそういう味出せるおっさんに。


音楽的にはあのクラプトンのしゃがれ声、、、。出るようになるんかな。


まぁ、もうちっと待つしかないか。

オレぁ、まだ若造だい。